声
先日、以前の職場の友人らと飲む機会があった。
そこでせっかくの夏だから自分たちの体験した不思議な話をしようではないかという事になった。
我々の仕事柄、そういうものを信じない連中の集まりのため、非科学的な話を科学的に解釈してみようかというそういう流れだったと思う。
Nikon D700+AF-S Micro NIKKOR60mm/2.8G ED
各自の不思議な話、怖い話を披露されていく中、「それはこういうことだろう」「あれはこのようなことが考えられる」と各々の専門知識や理論によって次々に解決されていった。
そして私の番になった。
私は以前からも言っているように心霊の類いは信じていない。
実際に「はっきり」と見ていないからだ。
見ることができたら信じてみてもいいが、見たこともないものを信じろという方が無理があるのだ。
だが、不思議な声を聞いたことがある。
Nikon D700+AF-S Micro NIKKOR60mm/2.8G ED
今から18年ほど前になるが、昔の職場で夜遅くまで残業が続いたのでそのまま職場に泊まることにした。
職場に仮眠室などという気の利いたものはないので、仕事部屋の汚いソファーに毛布をくるまって横になった。
時間はすでに1時を超えていた。
仕事部屋は2階で窓の下は駐車場である。
部屋の電気を消すと駐車場の街灯が窓から差し込む。
私は明かりがあると寝付きが非常に悪いので、職場の遮光カーテンを引いて寝ることにした。
電気を消して真っ暗になった部屋のソファーで寝ていると、しばらくして窓の外で誰かを呼ぶ声が聞こえた。
おーい、おーいと誰かが呼んでいる。
私は窓を背に向けて横になっていた。
気にせずに横になっていると、今度は2階の隣部屋の窓からおーい、おーいと呼ぶ声が聞こえた。
私は横になりながら電気工事の人だろうか、互いに安全を確認し合っているかなと考えながら目を瞑っていた。
こんな夜中に大変だなあと思っていると、この部屋の窓向こうから「おーい、おーい」と呼ぶ声が聞こえてギクリとした。
考えてみればこんな夜中に職場の駐車場で電気工事の仕事をしているわけがない。
声の主は明らかに室内に向かって声をかけている。
泥棒か?と一瞬不安な考えがよぎった。
しかし、窓には鍵がかけられているし、もし窓を割って侵入してくればその合間に逃げ出すことができる。
しかも室内は暗いので、仮にカーテンの隙間があっても中の様子はわからないはずだ。
そう思いながら横になった状態で全神経を背中の窓に向けて集中していた。
突然、室内の窓辺から「おい」と野太い男の声をかけられた。
いきなりの事で体中から汗がドッと噴き出してくる。
明らかに室内に誰かがいるようだ。でも窓を開けられた気配は一切なかった。
急激に恐怖がおそってきた。
絶対に窓は開けられてないはずだ。
室内にいると感じるのは気のせいだろう。
室内に人がいるかどうかを窓の向こうから試しているのだ。そう考えながら身動ぎ一つせずにじっと背中で気配を伺っていた。
しばしの静寂が真っ暗な職場を包み込む。
どのくらい経ったろうか、1~2分か。
そっと後ろの窓を向いてみようと思った瞬間、「あ゛ぁ゛ぁ゛」という大声が耳元で叫ばれた。
心臓を鷲掴みにされたような感覚で思わず飛び上がった。
当然、後ろなんか見られるわけがない。
ソファーから跳ね起きると職場の電気もつけずに廊下へ飛び出した。
そしてそのまま職場前の大通りまで走って逃げたのだ。
上半身はランニングだが、ズボンのポケットの中にお財布は入っていたので、タクシーを捕まえようとしたがなかなか捕まらない。
考えてみれば真夜中にランニング1枚の男が血相変えて手を上げているのだ。
タクシーも止まりたくないだろう。
ようやく捕まえたタクシーに乗ってその日は自宅まで帰って寝た。
以来、職場では決して泊まるまいと思ったが、仕事の関係上どうしてもそうもいかず再び泊まることになったときにはこのような現象は二度と起きなかった。
Fuji S5Pro+CarlZeiss MakroPlanar50mm/2.0ZF
この話について、前述の友人たちにはあっさり「夢だ」「泥棒だ」という非科学的な対応で片付けられた。
若干納得できないような気もしたが、今となると確かに夢だったのかもしれないと思う。
しかし、今でも耳に残る、外耳・中耳・鼓膜までも震わしたあの声の感触は忘れることができない。
ちなみに、あの話が起こった日にちは偶然にも当時のボスの一代前ボスの命日であった。
一代前ボスはあの駐車場で急死したのだということを、謎の声を聞いた翌日に同僚から聞かされたのだ。
偶然とはいえ、タイミングが良すぎる話である。
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