20年ほど前のことである。
某県の小さな山上湖にヘラブナ狙いの単独釣行へ出かけた。
周囲は山で囲まれており、乗っ込み期に入ったヘラを集中的に楽しむため、朝・夕の釣果を狙える時間に合わせて車を利用することにしたのだ。
安全を重視し明るいうちに現地に到着、テントとランタンを用意して夕方から黄昏過ぎまで釣りを楽しみ、明け方まで入眠しその後は早朝の釣りを堪能するという計画を連休時に立てた。
Olympus OM-D(E-M1)+Leica DG Nocticron42.5mm/1.2OIS.
昼過ぎに現地へ到着した。
水量は少ないようで、一部湖底が露出している箇所がある。
なるべく水深があり、足場が安全でテントが張れる箇所を探し続けた。
ようやく見つけたその場所は、湖畔道路の石垣をおりると多少ブッシュが目立つもののフラットでしっかりとした土壌だった。
近くには誰もいない。
落ち葉と枝をパキパキ踏みしめながら湖面へ向かう。
道路から10m弱ほど扇状に広がるこの場所を釣り場に決めた。深さも十分なようだ。
後を見ると新緑で覆われる山肌がそびえる。
風の通り道の可能性もあったので、なるべくテントは石垣近くに設置した。
釣り台に腰掛けて仕掛けを放り込む。
が、ジャミばかりでヘラのあたりが来ない。近場ではなぶらも全く見られない。
場所をミスったのかもしれない。
しかし、再移動するには既に時間が結構経っている。
暗くなってからの移動はリスクが高い。
今日はテント泊だけで終わりそうだなと考えて、酒をチビチビやりながら黄昏時の釣りを楽しんだ。
山に日の当たるところがなくなると急速に暗くなる。
先ほどまで時折湖畔を走っていた車も殆ど見なくなった。俗に言う逢魔が時である。
チャプンチャプンという湖畔の波音とともにクサキリであろうか、ジーという虫の音が耳をつく。
Olympus OM-D(E-M1)+Leica DG Nocticron42.5mm/1.2OIS.
ふと、背面の上の方からガサガサと音がした。
振り返ると殆ど闇夜に紛れた巨大な黒い山肌のシルエットがぼんやりと見える。
ヘッドライトを当ててみるが何も見えない。
タヌキであろうか。再び釣りに没頭する。
数分して再び、今度は結構大きな音がした。
驚いて振り返るがやはり何も見えない。
山の斜面中腹あたりだ。
大きな石を転がすとこんな音がするかも知れない。
落石は洒落にならない。
テントが危険だ。
すぐに逃げられるように中腰になり、ヘッドライトを山に向けて数分間様子を伺う。
何の音もない。
しばらく緊張して気配を探っていたが何も起きないようだ。
気が緩むと再び虫の音が聞こえてきた。
テントを移動しようかと考えていたときに、道路と接する山肌のところでガサガサと草を分ける音がした。
異音は徐々に下に降りてきているようだ。
石がそこまで来たのかと驚いたが、すぐにそういう音ではないことに気づいた。
これは何ものかが移動する時の音だ。
山肌と道路の境界部は道路の縁と石垣が邪魔をしてここからは見えない。
やはりタヌキなのだろうか。
ランタンの明かりがあることでエサを求めてきたのだろうか。
タヌキだったら心配ない。食料は手元のザックにあるのだ。
再び湖に向き直り仕掛けを放り込んだ。
ガサ・・・・
慌てて振り返った。
明らかにこのエリアに降りてきている。
タヌキがここまで降りて来たのか?
膝ほどのブッシュをジッと見据えるがそこには何もいない。
闇夜がいっそう濃くなった気がした。同時に得体の知れぬ恐怖が体を支配する。
ここには私一人しかいないのだ。はぁ~誰かと一緒に来れば良かった。
慌てて仕掛けをしまい出す。
パキリ・・・・
うひぃ!絶対に近づいてきている。
でも何も見えない。
音のするあたりは既に隠れるほどのブッシュは存在しない。
これは洒落になりません!
震える手で竿を仕舞い、信じられない速度で道具をかたづける。
もう、後が気になって気になって仕方がなさ過ぎる。
パキ・・・・
5mほどのところであろうか。
そこで音が止まったようだ。
ちょっとやめてくれないかな。
自分では、人型の何かがこちらをジッと向いているイメージが脳内にリピートされる。
でもそこには何もない。
自分の踏み荒らした足跡だけである。
ひぃぃぃ・・・・!(心の叫び)
ロッドケースと釣り台の入ったバッグを慌てて担ぎ、その5mの場所を大きく迂回するようにテントへと向かった。
このまま車に向かったら、絶対テントを諦めるだろうという確信があったからだ。
ちゃっちゃとテントを丸めて上の道路に放り出し、よじ登ってから全ての荷物を車の後部座席に放り込んで運転席に飛び乗った。
事故ったら洒落にならないので、自分を奮い立たせながら超安全運転でその場を離れた。
Olympus OM-D(E-M1)+Leica DG Nocticron42.5mm/1.2OIS.
今でこそ友人等に話すときはタヌキだろと笑い話になっているが、あの強烈なイメージから山の中での夜釣りは本当に懲りたので以後やっていない。
テントも人がいるテン場が一番である。
不思議と海はそういう雰囲気というか気配を感じたことが微塵もない。
夜の山は独特の雰囲気を持っている。
最近のコメント