カラス
今、カラスが凶暴だ。
雛が巣立つシーズンなので、親鳥が子を守るため人間に対して攻撃性が増している。
今から30年以上前のことである。
私がまだ高校生の頃だ。
実家の桜の木の下に一羽のカラスの雛が翼を広げた状態で落ちていたのを見つけた。
傍には親鳥と思われる大型のカラスが2羽鳴き叫んでいる。
これからどうするのだろうとしばらく見ていたが、親鳥は声高に鳴き喚くばかりで何もしようとしない。
直に野良猫がやってきて雛は襲われてしまうだろう。
親に話したところ、父はそのままにしておきなさいという意見であったが、母はどのみちこのままでは死んでしまうので助けたいと、親鳥の威嚇をすり抜けてなんとカラスの雛を拾ってきたのだ。
最初のうちは怯えていたヒナであるが、すぐに懐いてきて餌をねだるようになった。
間近で見ると意外と可愛い。
まだ飛べないヒナカラスであるが、落下した怪我もたいしたことなく元気いっぱいである。
だが、鳥カゴに入ることは頑として拒み続けた。クチバシでしがみついて抵抗するのだ。
仕方なく、縁側の正面にある柿の木の枝に止まらせて母はヒナの飼育を始めた。
餌はヒエとアワを卵(!)ですり潰したものだ。
割り箸で与えるとがっついて飲み込んでいく。
母がヒナの面倒を見始めた時から親カラス達はずっと傍にいた。
最初のうちは母を含む我々を威嚇をしていたが、直にヒナを育ててくれているのを理解したのかジッと静かに見守るようになったのだ。
母はヒナを駄洒落っぽく「カアちゃん」と名付けた。
母にとても懐いたヒナカラスは、柿の木から自宅内の母の姿を見つけると「ガーガー」と餌をねだる声を張り上げる。
我々にはお声がかからない。母だけがその特権を持っているのが羨ましい。
夜になると首を背中に突っ込んで寝る仕草がまた可愛らしかった。
時折親ガラスと3ショットでいることもある。
既にヒナカラスは羽根をばたつかせているので、巣立ちの日は近いかも知れないねえと楽しそうに母は話していた。
ある朝、母がヒナに朝ご飯を持って行くと何処にもヒナがいない。
親ガラスはいつものところにいるのだがヒナガラスが見つからないのだ。
母は柿の木の下に落ちていたたくさんの黒い羽を見つけた。
野良猫にやられてしまったのであろう。
その危険性は数日前からあった。
白い野良猫がヒナを目視しつつ近づいて来ることが度々あったので、鳥カゴに避難させようという話も出たのだが当のヒナが頑固に拒絶するため、母からもこれはカアちゃんが自ら選んだ事なのでそのまま木の枝に残し、巣立つまでの期間は運に任せようという事になっていたのだ。
心配そうに見つめている親ガラスに向かって、母は「もうカアちゃんはいなくなってしまったのよ」と話しかけたところ、親鳥たちは一鳴きして飛び去り、以来その場所にカラスは来なくなった。
カラスも何となく雰囲気で察したのだろうと母は言っていた。
小憎たらしい成鳥のカラスでも、やはりヒナの時代は可愛らしい。
もし、あのカラスが生き延びていたら、そして時々実家の庭に遊びに来ていてくれたのなら、私のカラスに対する印象も大きく変わったのかも知れない。
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